勝手が違う

前回の旅の記録が追いつかないうちに、つぎの旅に出る日が近づいてきました。 随分前から決まっていたのですが、知人との旅で家族は同行しない事もありパッキングやその他準備が進んでいませんでした。 いかに、家族と行くときに万全を期そうとしているのか、言い換えると過度の責任を負ってるのかという事でしょう。

 さらに言うと家族の自立や自分で考える機会を奪っているのでしょう。 いざパッキングを始めて行き詰まりました。機内持ち込みできるスーツケースに約10日分の荷物を入れます。初めての場所であり、ダイビングをして、少しトレッキング的なものもあり、街中での滞在もあります。 寒暖差が激しく、靴の選択も迷います。はっきり言って決められないのです。何だか家の中をウロウロして時間ばかりが過ぎて行きました。これは今やってはいけないと、しばらくして気付きその時は眠ることにしました。 朝起きて、寝覚めも悪くやりかけとパッキングが視界に入りました。さらに、昨夜仕事のメールをおくったものバージョンの古い資料を相手におくってしまい、最新のものを欲しいとメールがきていて、さらに気持は下がりました。 ますます、まずいと思い、いったん意識をリセットしまたした。

これができるようになっただけ、ましになったのだとこれを書きながら思いました。 手持ちのものや、今までの旅支度と同じ感覚でやっていたので今の自分と合わなくなっていることに気づきました。 自分の旅支度の小さなルールをできるものから辞めて、つまりはあれこれ備える事をやめてパッキングすることに切り替えようと思いました。 ここに意識が合うと、停滞感は収まり、たまたま娘と出かけた先で今回の旅に使えそうなものもみつけることができました。多少お金はかかりますが、中身がかわってきているので、アウトフィットもドラスティックに変えて、持ち物への意識も変えていこうと思いました。 これが絶対いい、私はこれが好きで最適だとおもっているものを使っている選んでいる自負があったのが仇となっていました。ある種の変化への抵抗なのでしょうか。

 より、臨機応変に物の選択もできるようになって自由さを手に入れたいものです。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵