せっかくの機会

憧れの地に数日滞在しその地の空気感を感じ堪能して最後の目的地に向かいました。フライトは想定通り1時間程遅れたものの昨年ほどの遅れもなく出発し、程よい時間に到着しました。 空港から市内までのタクシーは定額制になっているのをしっていたのでタクシー乗り場へ向かいました。途中、正規のタクシーではないドライバーから声をかけられました。上乗せしてくるんだろうと思いつつも話をしてみることにしました。理由は、娘が少し現地の言葉を勉強していたので練習に丁度いいと思ったのです。娘に、値段を聞いて欲しいと頼みました。ドライバーは彼女に定額制の2倍の金額を答えたようでした。娘は、びっくりして、ものすごく高いからそのドライバーのタクシーはダメだと私に説明してくれました。 時間とお金の投資をした結果が、ほんの少しですがでていることを確認できたこと、そして、娘が自分の語学力でコミュニケーションをとれる経験ができたことがよかったなとこの時は、喜ばしく思っていました。 翌日も市内をぶらぶらし、とあるお店で娘はマニキュアが欲しいと言いました。1本だけなら買ってあげるから、自分でお店のスタッフにどれが欲しいか伝えておいでと話しました。しかし、今回はタクシーの時ほどうまくいかなったようで、私に英語で助けて欲しいと泣きついてきました。しかし、わからなくても指指ししたり、身振り手振りで伝えられるから、頑張ってみなさいと助けないことにしたのですが、しばらく躊躇したのちもういいと諦めてしまいました。 正しく言えないといけない、恥ずかしい、緊張する、何だか怖いとあれこれ言って諦めてしまいました。 私は、ああもう情けないなという気持が強くでて、自分の欲しいものくらい欲しいと言えないでこの先どうやって生きていくのだと、腹立たしくさえ思ったのです。 旅行中にこんなに空気が悪くなったのは久しぶりでした。人がたくさん歩く通りで、私と娘の言い争いが始まりました。私も、いい年して大通りであんなに誰かと喧嘩することなんて人生でそうありません。しかし、私もスイッチが入ってしまいもう止まりませんでした。娘のエクスキューズをかたっぱしからダメ出ししても私の怒りは収まらず、ホテルに戻ることにしました。 数週間の間、なぜあんなに腹が立ったのか、見つめていたのですが、チャンスを逃すことをとても嫌っている、損失だと思っているのです。金銭的なことだけではなく、広い意味でのチャンスです。得られそうだったのに、ほんの一歩前に出なかったから得られなかったというのがとても悔しく勿体無く思っているようです。 具体的に思い出せないくらい些細なことなんでしょうが、何かを欲しいと思って躊躇している間にもう手に入れられなくなったような体験が子供の頃ありました。娘のマニキュアくらい些細なもので、ハンカチとか髪飾りとかその程度のものだったのですが、同じものはその後探しても二度と見つからなくて後悔しました。あのとき、すぐに買ってもらっておけばよかったなと。 そんな小さな体験がタネになっていて、今の私の行動指針や考え方に影響を与えているようでした。そこまで損失として捉えなくてもいい、というのは見つめた結果わかってはいるのですが、この認識をなかなか手放せない感じでした。 しばらく見つめていて、損失を損失としてしか捉えていないことに意識がむいたのです。損失とおもっていることから得られたメリットを捉えてみようと思いました。まだ上手にできないのですが、とりあえず、少し手放せる方向に動けてきたので、損失を損失としてしか捉えない立ち位置を変えていこうと思いました。 

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵