20年ぶり

ガラパゴス諸島に行くことが先に決まり、行ってから何をするかはそのあと考える事になっていました。ガラパゴス化という言葉を生むほどの特殊な環境にあるわけで、特に陸上以上に水中の異次元ぶりはかなりのものが想像されました。

そうなるとやはり、ダイビングはしておいたほうがいいような気になってきました。私は学生時代にダイビングをしていて4,5年でそれなりの本数をダイビングしていたので経験値だけで言えば、問題なくダイビングショップでも受け入れてもらえそうなダイバーでした。

しかし、問題はブランクです。大学卒業後、20年全く潜っていなかったのです。つい最近道具を全部処分したばかりでした。もう、国内では潜らないだろうし、道具も経年劣化を考えれば怖くて使えないので、再開するにしても買替は必須と思っていました。そこに降ってわいたようなダイビングの話でした。

直感としては、とても潜りたいと思いました。しかし、ブランクを考えるとかなり不安を感じました。それなりに潜った経験があるからこそ、ガラパゴスの魅力にも惹かれるものの、それなりのスキルがないとリスクがあるなと思うとざわざわしました。同行する人とも相談して、事前に国内でブランク解消のためのダイビングをしてそれ次第で最終的に結論をだすことになったのです。

いつか機会があったら、再開してもいいかなと思っていたことに、ぐっと誰かに背中を押されたような状況、崖っぷちにたたされたような気持でした。せっかくガラパゴスまで行ったのに潜らなかったとなったら、後悔することは間違いないと思いつつ、これで死んでしまったら子供もまだ小さいのになぁなどとあれこれ思考が回りました。昔ダイビングをしていたころの、実はとても重苦しい気持ちも思い出したり、そんなおまけつきでした。

ブランク解消ダイビングでも問題なくもぐれたので、結果、ガラパゴスでも潜るつもりで島に到着しました。難易度の高めのスポットであること、英語のガイドであること、あと、数日前から体調を崩したのがやっと戻ってきたような状況であったこと、不安付きまといました。いったい楽しいはずの旅行なのに、何をこんなに重苦しくなっているのかというくらい、どんよりした気持ちを抱えていました。

もしうまく耳抜きができなくて潜行できなかったら、流れがきつかったらついていけないかな、止めようとしても不安はどんどん湧き出てきて、そういう自分にも疲れていました。

当日、快晴ではなかったものの、予定通り船は出発し、手際のいいショップスタッフのおかげで楽々エントリーができました。エントリーしてしまえば、不安は1つづつ解消されていき私の妄想はエアーの泡と一緒に消えていきました。海の中は、やはりダイビングを選択してよかったと思わせる、圧巻の風景でした。見たいとおもっていた大物はみることができませんでしたが、過去潜った南国の明るい熱帯魚のいる海とはなんとも世界観がことなるというか異次元でした。生きている力というか、もう何百年も変らず生きているような圧倒的な存在感に圧倒されました。お邪魔している、という表現が私にはしっくりいって、生物を見ているというよりは見られている感じのほうが強かったです。

そして、もうエアも減ってきたのでボートに戻ろうとしたとき最後に、「あ、死ぬかも」という恐怖感を感じました。水面にあがったのですが、ボートまで約3メートルくらいのところで頭が水面にでました。エアー表示は0、まだ吸っても呼吸はできましたが、0という表示にぎょっとしました。水面にあがっているのでレギュレータを離せば空気は吸えるのですがしまったという気持ちが怒涛のようにあふれ、ちょっと我を忘れて死の恐怖にさいなまれました。もちろん、なんてことはなく、ボートにつかまりスタッフに機材ともどもひきあげてもらい問題はなかったのですが、その恐怖感の強さは、陸上で普通にしているときにはなかなか感じない、海ならではの死の恐怖でした。生を意識していきていくことの重要さを思い知らされるための一瞬のできごとでした。
















睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵