旧市街での一晩

8月に東欧にいってきたのですが、その際、1泊だけ旧市街に泊まりました。紀元前から栄えた都市でローマ時代に特に発展を遂げた町でした。現在は、保存地区になっており、車の出入りも厳格に規制されていてゲートが設けられていて許可車しか入れないようでした。数年前にいったクロアチアの旧市街と似ていますが、今回はもっと人がすくなく観光化もあまりされていません。 写真は旧市街から撮影したものです。


宿泊したホテルは、旧市街の中では一番評判のよいホテルでした。約200年ほどまえに建築された建物がベースになっていて、歴史を感じる雰囲気はそこかしこにありました。

別の視点でみると、十二分に古いわけです。勿論、清潔に保たれているので、物理的な不愉快さはありませんでした。

併設されているレストランも自家菜園でとった有機野菜を使った料理を提供していて想像を超えておいしいディナーを楽しむこともできました。しかしながら、とうとう認識してしまいました。到着したときから、ずっとなんだかそわそわするのです。


旧市街を散歩し、ホテルにもどり、シャワーもあびてのんびりしていました。一緒に宿泊したメンバーも何も問題のない気心のしれた人達ばかり。楽しみにしてやってきた夏の旅行です。にもかかわらず、、、、。 あれこれその感覚を否定しようとしたのですが、やっぱり消えませんでした。どうも落ち着かないのです。なんだかそわそわして、横になってもおちつかないし、ざわざわ心がおちつかないのです。


正直、古い建物や趣のあるホテルより、私は新しくて清潔感が全面に出ているホテルのほうが好きというのはあります。どこかでその自分の傾向を否定しているところがありました。まるで女性は若いほうがいいじゃないか、ではないのですが、そんな類の発想をしているようでよくないことのように思っていたので、古いからって落ち着かないとか感じるのはどうしたものかと、ざわざわする感覚そのものにだめだしをしてみないようにしていたのです。


でも同行者からの一言でああ、と残念な気持ちになりました。当然、争い事もあった町で、歴史があれば色々な影響がそこかしこに残っていて、霊的な存在も居るでしょう。どうそういう気配を感じて落ち着かなかったようなのです。基本、お化けや霊だといった存在は、私は視覚では見えません。なので、存在しないとい顕在意識のスイッチがはいっています。正直にいうと、見たいとは思っていないのです。怖いと感じています。できることなら会いたくない。でも、なんだか存在は感じてしまうのだという理解をしたわけです。超鈍感だとおもっていたのですが、そうではない一面もあるようなので、それも受け入れて行こうと思いました。


不思議と、存在している、近くにいると受け入れたほうがざわざわ感は減りました、無駄な抵抗はやめて受け入れる、という事のメリットも感じた1晩でした。あと、古いものを否定する固定観念があるわけではないというのも理解できたのは自己肯定になりました。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵