リーディングなぜ始めたのか1

先日、とある集まりでヒーリングやリーディングをどうして受けようとおもったのか、どうして提供者になろうとおもったのかという話題になりました。今まで、質問されたこともあったし、メルマガのインタービューでもしゃべったことがあります。しかし、曖昧で、正直インタービューで話したことはすっかり忘れてしまいました。


数年前にインタービューを受けて、まだ掲載されていません。なので、もし嚙み合わないことを言っていたらすみません。数年前の顕在意識での答えと今の感じていることに差があるのです。基本は同じですが、本人がどこまで意識化できているかうまく言語化できているかが異なるのです。


まず、受けようと思ったのは、幸福感を感じられず焦燥感にあおられ毎日楽しくなかったので、楽に生きたい、幸福感を感じたい、追われる感覚から逃れたいというのが出発でした。そして、よくあるようにあれこれ本を読み、あれこれ試して、体のことも心のこともやれるだけのことはやってみました。改善した部分もありましたが、望んでいた状況にはなりませんでした。切れるだけの手持ちのカードを切って、もう切るものがないぞと思ったときに一悟術を知ったのです。正直、よくわからないことしているなというのが感想で、でも悪くもなさそうだという感じで受けてみたのです。


ヒーリングともう1つのヒーリングを1年半ほどかけて受けました。もちろん、急に目の前の景色がかわるように幸福感はやってくるわけではありませんでした。しかし、居たたまれないような焦燥感は消え、幸福であればいいなとは思いましたが、幸福感を是が非でもほしいという気持ち、そして、それが得られないことへの落胆はなくなっていきました。ぎゅっと手を握り締めて歯を食いしばっているような感覚は減っていったのです。おいしいものを食べないと不幸、あれを持っていないとダメ、休暇がないとやってられない、そんな感覚もどんどん減っていきました。とにかく長く休みをとって仕事から逃避したい、忘れたいという感覚は薄れていきました。


その感覚が定着してきたころになると、ヒーリングを受ける前よりは幸福感は増し、焦燥感は減っていましたが、もう一声、なにか想定している状況とちがうという感じになってきました。その中で、提供してみる側にまわるという選択肢がでてきたのでした。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵