無気力

人生で2回それなりに長い時間、何もする気にならずにただ時間だけが過ぎていくという時期がありました。1回目は高校3年生の時でした。学校にはそれなりに通っていましたが、どうも受験勉強をする気になれずにいました。大学には行こうと思っていたけれど、あまり具体的にどこにいこうとか、だからどの科目を選択して、偏差値はどのくらいで、と考えるわけでもなく、時間ばかりが過ぎていきました。


でも、少しはどうしようかと周りを見渡しては焦った感覚にもなるんだけれども、無気力感を打開するほどの焦りでも不安でもない中途半端な感覚に心も体も支配されていました。その時、ほかに興味があることや、やりたいことがあったわけではなかったので、することがないなら勉強すればいいのですが、それはできずにいたのでした。当然、高3の時はどこも不合格になって浪人することになりました。


次のタイミングは、会計士の受験勉強を始めた頃でした。受験しようと思って専門学校にいきはじめたものの、同じように勉強するきがしなかったのです。1年目はほとんど授業にすらいかなかったようにおもいます。その時も同じで、ほかにやりたいことがあったわけでないけれど、どうにもこうにも体が動かず、全く受験勉強するきにならなかったのです。よく寝ていた記憶があるのですが、寝ても起きても何ともいえない無気力感で、起きているのが煩わしくて寝ていたような感じでした。


この2つの時期、かなりの時間を無駄にしたともいえます。今の私、大人になってからの私、なにが本当かはわかりませんが、いずれにせよ私としてはかなりイレギュラーな時間の使い方をしました。完全に心がストップをかけていたのだろうと想像しているのですが、まだ本当の理由はわかりません。でも逃げていたのは間違いないと思います。だって、そのあと、その時間を取り戻すかのうように、試験に合格するだけの勉強をして、結果的には、丸く収まったので。


そして、昨日も酷似した感覚に、朝起きたらなっていました。前日は、親しい人と会って、楽しく食事をして帰宅しただけで、何か無気力になるようなことがあったわけでもないのですが。体は以前よりは動くもののずしりと重しが入っているような感じでした。

10月に入って変化がいろいろとあることを何か察知しているのか、大きな人生に影響しそうなことが目の前にやってくると少し躊躇するのか?と、そういった変化が実際ににじりよってきているのか?。 

こんな重度の逃げ腰感が私にもまだあるんだと懐かしさも感じました。向き合って進むことをよしとし、逃げ腰で引き気味に生きる事を自分の選択肢にはないものとしていました。もちろん、完璧ではないことはわかっていますが、できればそうありたいと思っていました。 


でも、認識がもれている、重症の逃げ腰癖が、ひとかけら残っているということなのでしよう。せっかく顔をだしてくれたので、ここでしっかり向き合って、これ以上ロスのない人生にしていこうと思います。あの2回の停滞期を3度目するほど、時間に余裕もないことなので。 


誰しも逃げたくなるような心もちになることはあります。でも逃げても、結局は逃げきれないのです。そうそうにあきらめて、逃げることをやめた方トータル楽なのです。基本はこれが私の価値観です、今まで逃げ切った成功体験がないのです。なので、徒労にならないために逃げることに注力するのはやらないようにしています。