一人では難しい

個人差があるものの、一人で何かを学ぶということは難しいことです。なかなか一人で、自分を律して学びに集中するということはたいてい人にとっては簡単ではないでしょう。だから、子供なら受験のために塾があり、スポーツ選手ならコーチがつき、結果をだすために伴走する人や場所があるわけです。


具体的に勉強する、スポーツのためにトレーニングする、ダイエットのために食事をコントロールする、実際に何か目にみえてわかりやすい作業というか身体的な動きを伴うことであっても、精神力をそこに集中させて毎日継続して何かするというのは大変です。心理的な誘惑もありますし、物理的、肉体的な限界もあるので。


これが、自分の内面を何か変化させるとなると、なおのこと困難になります。人の気持ちや内面の動きは瞬間で海の波間のようにかわっていくので、そこをまず捉えることが難しい。音がでたり、記録がわかりやすくは残らないので、記憶の奥底へどんどんしまわれていってしまいます。日常でも、あああれをやろうと思っていたのに忘れていたなど、雑用ですら目の前にあっても忘れてしまうので、心の動きを覚えて捉えておくというのはとても難しい。


でも、この難しいことを面倒がっていると、自分の感情や心の動きに伴う悩みは改善はしないのです。悩みは改善しないし、一瞬消えたように見えても、また忘れたころに現れるという性質があるなと、私は考えています。これは私にとっての事実であり、セオリーのようなものです。

誰かに頼らないと無理だということではないので、ここも気を付けたいところです。誰かに伴走してもらったら、結果がでるのか、内面は変化していくのか、受験に成功するのか、オリンピックにいけるのか、もちろん違うのです。


変化させるのは自分しかいないのです。


何か変化をしていく、結果をだしていくためには、時間がかかります。その中で、人はどうしても面倒になって忘れてしまったり、前進するための努力や作業をさぼりたくなる性分があり、その性分がでそうになったら軌道修正してもらうための伴走者があったほうが成功しやすいだけ。伴走者に依存しても、結果はでないのです。だから、伴走者が絶対必要なわけではない。その人次第です。


人並みの精神力と意思の強さがある私でも、面倒になるときや辞めてしまおうと頭をよぎることがあるので、私にも伴走者がいます。必要に応じて伴走してもらっています。一人というのは本当に厳しいのです、内面の変化を現実化させるためには。そして、ここでも思うのですが、効率的なのですうまく活用したほうが。限られた時間のなかである程度のスピードで結果が必要ならここでも対策は必要です。


絶対的に自立して対峙する必要があることなのか、ちょっと厳しいから背中を押してもらうまたはエッセンスを1滴もらうことが必要なのか、自分の自立や自己成長の段階にもよります。そこのさじ加減も難しい、その意味では、そこも見据えて伴走してくれる人がみつかるといいですね。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵