衣替え

もうすでに済んでしまったかたもしるかもしれませんが、衣替えの季節です。私はちょうどその最中です。しまう夏物を確認しつつ、もう来年は着ない、着ることはできないものを処分し、来年もと思うものをしまっていきます。同じように、冬物を一通りだしてみて、これをこれから着るかどうかを確認して、去年は着ようとおもったけれど、着なさそうなものは処分します。


1シーズン前の自分の状態と照らし合わせた時には、フィット感というか一致感があったものでも、その後、自分の状態が良くなっている場合は、たいてい数着はもう合わない洋服がでてくるはずです。ある程度、自分に向き合ってきたという実感があるのであれば、「合わない」と感じる服がない場合はよく確認したほうがいいでしょう。


1つは、向き合ってきたつもりが、実は全然向き合ったことになっていなかった。意識と時間はある程度かけたものの、どこかでひょいっとうまく核心をかわしてきてしまった。 抵抗や恐怖心から自己対峙のポイントがずれてしまったかもしれません。


1つは、単純に、物に対する執着が手放せていなくて、なんとなく捨てるのがもったいない。一般的によくあるものでしょうか。これは割合簡単にてばなせるのかもしれません。去年クリーニングに出して保管していたりすると、なおさら、勿体なく感じます。


1つは、自己対峙してきた結果を、自分がきちんと受け止めきれていない場合。その場合、変化した自分を受け入れられず、アウトフィットを古いままにしておきたい気持ちになるのです。この理由であれば、とてももったいないのです、思い切って処分することがいいのかなと思います。 変化しているけど、新しい自分にまだ不安があり、躊躇しているのです。しかし、ここで古い洋服を手放さないと、せっかく変化した自分がもとに戻るような力がかかってきます。 できれば、新しく今の自分にあう洋服を買うことをお勧めします。もちろん、旧来のチョイスではなく、別の自分が将来にむけて洋服を選ぶつもりで。


もう1つは、その洋服になにか特定の想いがくっついてその想いを処理する必要がある場合。ある意味、目印のように残っている洋服です。自分が気づいていないけど、なんだか手放せていない価値観や、思い出、それにまつまりインナーチャイルドやトラウマ、大げさな表現になりますが、何かしら自分の滞りの原因になっているものたちです。これは、敢えて捨ててしまわないほうがいいでしょう。その可能性があるなら、その想いを解消するまでとっておいて、自己対峙のいい題材にしましょう。 これは洋服だけでなく、どんなものでも当てはまります。


そういう意味で、物の整理というのは、定期的に行って棚卸が必要です。持ち物が少ないほうですが、最近忙しくて少し家の整理整頓や物の管理が雑になっていたので時間をとってみようと思いました。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵