やる気なし

人は毎日同じペースで同じように感じて生活はできません。それができたら楽な反面、人間らしくないですよね。やらなければいけないことがあるのがわかっているけど、体が動かない、心も、もちろん、うんと言わないという時があります。


そういう時は、やれることから、少しでもできそうなことをやってみようと、自分に言い聞かせます。食事を作ったり、洗濯したり、仕事にいって、瞑想して、あれもこれもやっていると忙しいものです。さらに、心が疲れることもあります。そうなるといっきに活動ペースはダウンしてしまいます。なにもかもやりたくない、聞きたくない、考えたくない。


以前は、この頻度がかなりのものでした。ずいぶん減りましたが、たまには勿論やってきます。今、これをやらないといけないという感じを受けるからこそやりたくないというアマノジャクがいるのです。そんな時、私の場合は、今しなくてもいい、掃除、片付けや整理整頓をします。そんなこと余計できないよと言われそうですが、私にとってはこれらはいい起爆剤になるのです。


肉体的な疲れは、食事や睡眠でリカバーします。精神的な落ち込み、ここでいうやる気なしには、掃除や片付け、不用品の処分が私のパターンです。やる気がないというのは、嫌だと感じることがあったり、自己対峙していて問題が大きくて息切れしてしまい、止まってしまうのですが、単純にいうと、心が曇っているのです。


その時に、いくら心をきれいに磨こうとおもっても、心がどんなよりしているので、心のクリアリングはハードルが高いのです。とてもそんな気にはなりません。ある程度、やる気なしモードが続き、もういい加減なんとかしないといけないなっと思ったら、掃除や片付けを始めます。ポイントはある程度、やる気なしモードをキープしたあとでするということでしょうか。


ここから始めた掃除や片付けで部屋はきれいになり、明らかに自分の心の状態より家の中の状態のほうがよくなります。そうなると、その良い状態に心が引っ張られはじめ、曇りが少し晴れてきます。晴れ間がでてきたら、また気持ちに向き合う事で心のメンテナンスを再開していきます。どちらか一方だけでは、人の心の状態は改善されません。どちらかが悪いとどちらかが足を引っ張る関係があるので、うまく両者を扱って、比較的安定したほうからアプローチをしてバランスをとるというがお勧めです。 


昔、服装の乱れは心の乱れと中学生の頃に言われ、何を言ってるんだと思っていました。先生たちはここまでの思慮があっての事ではないと思いますが、やはり部屋の状態や服装の状態は心の反映でもあるというのが今となってはよくわかります。 

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵