衣替えの憂鬱

最近の我が家の衣替えは、1日かからず終了することが増えました。数年前は、足掛け数日から数週間かかることはあたりまえでした。ものすごく疲れるし、極端な感じ自暴自棄になるというか、もう適当にほったらかしてしまおうという気にすらなる有様でした。さらに、収納がうまくできないときは洋服があちこちに積み上がり、さらに数か月たたんだままであったので、皺があってすぐにはきることはできませんでした。非常に目障りで空間が圧迫された嫌な感じでありました。


さらに、収納しきらないため、クリーニングの保管を利用していて、半年ほど巨大な段ボール数箱分を預けていました。費用も当然、かかります。また、玄関の壁一面にある下駄箱にも靴がはいりきりませんでした。そのため、シーズンごとに箱に詰めなおして、シーズンオフのものをマンションのトランクルームにもっていくという重労働をしていました。


洋服があれば、きれいに着るためには、アイロンも必要だし適切なお手入れが必要です。これも衣替えのころの憂鬱。さらに追い打ちをかけるのが、見るたびに「ああ、これ去年も一回も着なかったな」という洋服たち。これが一番、精神的に辛いことであったと思います。明からに、本当に欲しくて買ったものではないので、着ないわけです。無駄遣いをしたこと、そこで逃避していていたこと全てから逃げたいと思って憂鬱になっていました。あのとき一瞬いいなとおもった洋服たち、そう、洋服に一瞬の恋愛感情をいだき家に連れ帰ってしまったのです。


明らかに、自分の精神状態に問題があると、何かがおかしいと思っていました。買い物をしてみた理由もいくつかははっきりしていたのです。単に、仕事のストレスの発散的に何かを欲しくなる、または目の前の嫌なことから逃避するために趣味や楽しみ、つきあいの輪をひろげてそれに伴い必要なものを買う。もうひとつは、幸福感をえられるかを確認するため。私の中にあった、幸福感がないという思いを払拭すべく、「これを買ったら、幸せかも?」とせっせと手にしにくいものを買っていました。もちろん、そんなことしても幸福にはなりません。


物の量が少なければ、心の状態がいいというのは一概にはいえませんが、今の時代であれば一つのわかりやすい指標かもしれません。衣替えのころになるとやってくる憂鬱、これがなくなったのもヒーリングを受けてからです。すぐに0になったわけではありません。徐々に自己理解が深まり、私の心を振り回す要因が減っていくにつれて、家の中のものは減っていきました。3歩進んで2歩戻るようなことももちろんありつつです。


当時は、何が欲しいのか、本当のところ分かっていなかったのだなと、今振り返るとそう思います。今でも、試行錯誤な要素はありますが、以前よりは明確に、自分に必要なもの、本音が望むものがわかるようになってきました。 そうなると買い物に行ったりする時間も減るので、忙しさもへり、余裕もでてくるのです。違うかたちで自分を満たすことができるようになってきました。


睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵