限りない欲求

数日前、わりと有名どころの和食を食べに行きました。話し合うことがあったので、食べる事だけに集中していなかったというのもありますが、まあまあ美味しかったな、という印象でした。もっと食べる事だけに集中していたら、出されたものをきちんと味わってもっと違った感想になっていたかもと思う部分はあります。しかし、話のほうが大事で料理にそもそも気乗りしていなかったということもあるよう感じています。つまり、行く前に、料理より話の中身に重点がおかれていたのです。


あと、私の中で、別の和食のお店で好きなお店があるので、そこよりは落ちるでしょうという感じが一番の理由なのであろうと今振り返って思っているのです。まっさらな気持ちで料理を見て、味わっていなかったのでしょう。「おそらく、あのお店よりは料理は落ちるだろう」こんな少し諦めがあったのです。


しかし、十二分に心と感覚を満たすようなお料理ではあったわけで、一緒に行った人も美味しかったという感想でした。質問していませんが、例の別の和食と比較して不満足も感じていない様子でした。その場で出されたものに満足しているなといった感じをうけたのです。まさに、今ここにある満足を絶対評価と相対評価の中で受け取っているのでしょう。


いつも100%満たされたものや状況を得ることは不可能なわけです。しかし、自分を満たすことを諦めることもよくない。そうなったときに、私はじゃあどうしろっていうのだと怒りを感じていました。


でも、自分を満たすベクトルを縦軸にとりそれを最大限に志向しつつ、横軸に現実的、つまり相対的な満足度をとりそのバランスで面積としての満足感を増やしていくということをしていかなければならいようです。二次関数のグラフを書いたときに、第1象限での面積が広いにこしたことはないけれど、象限に関してはある程度ゆるさをもちつつ、面積の最大化を狙うのです。


それによって満足度面積を上げる。私は、縦軸上での満足の数値にこだわっていて、面積での総合的な満足度への意識がなかったようです。一義的には、縦軸の最大化をねらわなければいけませんが、一定の数値を超えた際には、横軸のバランスをとって面積を最大にする方法をみにつけていくことが必要です。


その意味で、縦軸は限りなく上を目指す、これはこれでよしとしつつ、不足のパーツを組み合わせて満足感をあげて、ひいては幸福感をあげていきたいものです。限りない欲求ってなんだか問題なようにも思っていましたが、横軸をとることでいいバランスがとれるように思いました。


別の和食は場所的にも遠いのでそうそういけません。でも数日前のお店は都内にあり、値段もリーズナブルなので相対的に考えれば満足面積は広いのです。なので、そこで落胆せずに、満足面積の広さから得られるものをえて、自分を満たしていくほうほうを増やしていこうと思います。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵