ハロウィーン

先週末からハロウィンでいろいろとニュースになっています。渋谷周辺を通ることが多いので、通るときは早い時間にしないとと思いながらあれこれ仕事がたてこんで、日が落ちてから通る事になりました。


年々、午後の早めの時間から人が集まってきていること、私からみるとエネルギー的に重くなっている感じがしています。仮装しメイクして楽しむはずの目的なんでしょうが、何とも重く感じます。知らない人どおしで写真を一緒に取り合ったり、盛り上がって楽しそうに談笑し、道をふさいでいることも特に気にならない感じのようです。


発散しに集まってきている意図が強いのでしょうか。それほど日々に抑圧を感じているのかと思うと現実的に、老若男女関わらず自殺や孤独死が多くなっている下地のように思いました。スポーツやこの手のイベントで多くの人が集まり収集がつかなくなることが日本でも増えています。海外の一部の国や地域の話ではなく、自分の身近でこんなに人がお酒や場の雰囲気によって暴走してしまうような感情の鬱積があるのが何とも切ない感じがしました。


モラルを守って楽しもうという呼びかけや警察官の配置がいくら増えてもなかなか効果はでないのではないでしょうか。わかっているけどやめられないがここでもあるのでしょう。思考と心が乖離してしまう瞬間を作らないと心を守れない状況がある人が増えているのだろうと思います。


家庭の事情や人間関係、職場や学校でもそのような人が周りにいれば、周囲の人も影響をうけて、良い状態であった人が、悪影響をうけて苦しむこともあります。負の連鎖がうまれていくことを目の当たりにすることもあります。以前は、こいう視点で社会をみたとしてもそこを敢えて考えずに知らん顔をしていました。私一人が考えたところで、何も変わらないし、できないし、その上見ていると切なくなったり、悲しい気持ちになるのである意味、自分のその気持ちを切り捨ててきました。


多くの人に働きかけたり、行動することが必要なわけでもないのかと最近思い始めました。自分が少し変わることで、家族がかわり、家族がかわることで関わる環境にいる人が少しかわる、こんな小さな変化でもないよりはいいのではないかと思っています。


ヒーリングやリーディングをしていて、最近少しそれを実感してきました。クライアント自身が変化し、日々の生活の彩りが鮮やかで幸福感がふえて、そのご家族が変化していくのを感じると、声高に何かを主張しなくても、多少社会への貢献になっていくのではないかと思いました。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵