死んでしまう

ふと子供のころのことを思い出しました。何年かに一度思い出すことです。自宅で夕飯を食べて、その日は父と弟がおらず母と二人でした。小学生の低学年のころで、ふとしたきっかけで、「おばあちゃんが死んでしまう」と思ったのです。今すぐとも感じられるし、ちかいうちに亡くなる、少なくとも私より先に死んでしまう。とても大好きな祖母であったのでそんなことは耐えられないと突然、涙があふれてきたのです。


母は、あまり感情の起伏を表に出さない人で、「あら、どうしたの?」くらいの感じでしたが、私があまりに泣き止まず、仕方なく祖母に電話をかけたのでした。おばあちゃんは今、生きているし、そんな簡単には死なないよと何度も言われ、電話口の祖母も私を置いてすぐには死なないから大丈夫と言われたような気がします。


まったく脈絡なくそんなことを思い浮かべたこと、その1回限りで、その後、もうこのように泣くことはありませんでした。何かを察知したのでしょうか。今までそんな風に考えたことはありませんでしたが、ひょっとすると何かを察知していたのかもしれません。小さな私に何ができるわけでもありませんが、何かブレーキになったのかもしれないと最近おもうこともあります。


実際にその数年後、祖母は実家から遠く離れた温泉に祖父や友達と旅行にいって、そこで心臓発作を起こして緊急入院したのです。今まで、心臓に問題は全くなかったのに突然のことでした。偶然が重なり、運よく近くに対応可能な病院があったため一命をとりとめました。数か月後、父と叔父が大変な労力をかけて、ぎりぎり状態の安定した祖母を寝台車で丸二日かけて実家に連れ帰ってきました。当時は携帯もないので、途中の公衆電話からの電話をまってあとどのくらいで到着するのかとどきどきしながら待っていました。その後、祖母は循環器系の専門病院で大きな手術をして、結局は私が30代後半になるまで生きてくれました。


心配して泣いていた夜から25年以上生きたことになります。祖母にとってはひ孫を抱くこともできて、晩年は幸せな人生だったと、あとは寝込まずに死ねたらいいのにと話していたました。


私には必要な人であったのだと今更ながらにおもうことがあります。祖母が何となく話してくれたこと、日常の会話や祖母の立ち居振る舞いが今のベースになっているとこの年になって気づくことがあるのです。自分としては当たり前の価値観や考え方としてもっていることが実は、身についてない人も多くて、あとから身につけるのはなかなか大変そうなことなのですが、祖母のおかげで身についていいることがありがたいなと思います。


それは目に見えないものへの畏怖の念をもつことであったり、今、生かしてもらっているからこそ、この現実に自分が生きている事、それに対する感謝と自分の受けた恩恵を還元することの大切さのようなものでしょうか。この辺の事が身についたというか、理解できるようになったころに祖母は逝ってしまいました。逝った際は、本人が強く望んでいたように寝込むこともなく、苦しむこともありませんでした。勿論、悲しくて泣きましたが、小学生のときに泣いたような感覚とは異なり、私も満足感をもって祖母を送れたのです。