ホテルで食事

いつ頃からでしょうか、ホテルで食事をしたり何かサービスを受けることは割高であるという感覚がしみついていました。同じ食事をするにしても、設備の維持費や、過度なサービスのためにコストがかさみ、実際の食事の内容以上にお金を払っているという認識がうまれていました。この認識はわりと一般的かもしれません。結婚式や少し違いますがお葬式などは、ホテルやきちんと葬儀会館をもつような葬儀会社でやると、他より高くなりがちで、コスパが悪いと称される傾向があります。


確かに、まったく割高感がないわけではありません。特に、ホテルその他の提供側のスタンスや意識によっては、割高になるサービスと料金のバランスも多々あるでしょう。ホテルで在ればなんでもいいわけではなく、提供側の姿勢や心意気というか、プライドをよく見極めることは必要でしょう。高かろう悪かろうのホテルやレストランがあるのも残念ながら事実ではあるわけです。


しかし、私はこの後者の残念な事例に意識が完全に奪われていました。プライドをもって価格にみあうサービスやクオリティの食事などを提供しているホテルなどがあったとしても、その他大多数の「高かろう悪かろう」のカテゴリーにごちゃまぜにしてしまっていたのです。だから、髙いホテルに宿泊することや、そこでスパなどのサービスを受ける事、食事をすることに抵抗感が強くありました。


なぜ同じワインを飲むのに、飲む場所やお店が違うだけで、こんなに払うお金がかわるのか納得がいかないとおもっていたわけです。これには私のお金のトラウマや、お金を奪われているという不安感が強く表れていて本質を見極められていなかったのだなと今は理解しています。


滞在したり食事をするに足るホテルやレストランなどは、見えない所での提供するものへの丁寧な取扱いや態度、気持ちが確実に存在してるのです。エネルギーレベルで質が確実に異なるのです。もちろん、高かろう悪かろうの場合もあるので見極めは重要です。できる限り、前者を選択したいものです。これは逆もしかりで、場合によっては、安かろう素晴らしいの場合も、大変稀ですが存在はしているのです。


このエネルギー状態のよい食事やサービスというのは、自分を満たすということに大変貢献してくれるのです。つまり、自己肯定感を上げるという目的のためには、エネルギー状態のよいものを取り入れて、潜在意識が満たされ満足されることがとても重要になるようです。なかなか、自己肯定感をあげることは難しいものです。いくら自分に価値があると思いましょうと言われても、実感をもって認識できないものです。しかし、エネルギー状態のよいものを取り入れて潜在意識や自我が満足していくと、自己固定感はあがっていくのです。自分はこれだけエネルギー状態のよいものを受け取った、そして、それを受け取るに値するということを満足感が後押し居てくれて、受け取れるようになるのです。


なかなか冒頭にかいて私の固定観念は払しょくされずにいました。でも、乗り越えないといけない壁でもあるわけだったので、いっとき、心の抵抗と一生けん命戦って敢えてここぞと確信のもてる場所での食事や滞在に投資をしてみました。


最初は、ああなんでこんなに高いの、やっぱりやめておけばよかったと思う事もありましたが、回数を重ねるうちに、いいもの、自分が満たされるということが実感として感じられるようになってきたら、それが無駄であるとかもったいないという感覚はなくなっていきました。勿論、髙いという印象はかわりませんが、しかしそこから得られるものをしっかり受け取れるようになるとお金を支払う事に対しての納得感はうまれてくるのです。お金を使う事、自分を満たすこと、自己成長、関係なさそうですが実はしっかりかかわりがあるのです。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵