ぐるぐるぐる

日常の中で、町をあるいているとき、夕飯の用意をしているとき、洗濯ものを干している時、歯磨きをしているとき、仕事でパソコンに入力しているとき、会議中、電話中、ありとあらゆるときに、今そのやっている目の前のこと以外が同時並行で頭の中で流れていることはないでしょうか。


昔、私はそういう状況が日常の9割がたを占めていたのではないかと思うくらい、そんな状況が多かった印象があります。すごく大変なことや、重要なことではないのだけれど、今、目の前のことではないそのことに意識がむいてしまうのです。休み時間に友達と何気ない会話のなかできいたフレーズ、朝、母親が一瞬みせた怒ったような表情、父の不機嫌そうな顔、通学途中あるいているときに見知らぬ車にならされたクラクションの音。


どれをとってみても悩むほどのことではないし、もちろん私が何か原因をつくったわけではありません。どちらかというと、相手側に問題があることの方が多いくらいかもしれません。でもそんな一瞬の光景があたまをぐるぐるして、「あの子は私の言ったことにむっとしたのかもしれない」「お母さんは私のことを怒ってるに違いない。私がいけないのだ」「お父さんは仕事で何か嫌なことがあったのかな。申し訳ないな」ありとあらゆる妄想や心配がぐるぐるするのです。


止めようと思っても止まらない。止めようとすればするほど、どきどきして余計きになってしまう。小さいころは、学校にいって母親のことがきになっても、だいだい昼くらいになると何となく心配はおちつくのですが、また下校時間が近づくと心がざわざわしてきました。いつも、そんな風に目の前のこと以外に心が奪われいたのです。そんな状況でも目の前のこともやらねればならず、残りの意識でそれをこなすわけです。とても疲れます。


そもそも、いつも誰かの顔や言葉が気になってその人の顔が浮かぶというのは心の状態としては望ましくないでしょう。それがたとえ好きな人であったとしても。目の前の状況と直接関係のない人や状況に意識がいくというのは、まさに心ここにあらずで、それくらい何かに意識がうばれてしまっているというこです。


たいていは、不安、恐怖、目の前からの逃避が要因でしょう。もし、今そういう状況が少なからずあるのであれば、落ち着いて心の整理を始めたほうが、今ここに居る時間をとりもどし本当の自分らしい時間が過ごせるように思います。


大人であれば「あの上司あんなこといって、ほんとわかってない」「あの上司は私のことがきらいだからなんでも文句をつけるんだ どうしよう」「あの態度ってなに。八つ当たりじゃやない」どれも、相手が悪そうな雰囲気の心の声ですが、もうその状況がおわってもまだ頭の中でそれがぐるぐるし、友人にぐちのメールをしたり、飲みに行ってまでこの話をするというのは、その誰かの発言に心が拘束されているといえます。


そんなの、気になるの当たり前じゃない。と思うかもしれません。でも、自己肯定感が十分あり、他者の言動が気にならない状況にあれば全く気にならないというか、覚えていないわけです。気になる時間が長ければながいほど、何か引っかかる要素が自分にあり、さらにそれが今、ここに生きている自分の時間を浪費しているのです。


昔に比べたら、引きずってあれこれおもいだすことは減りました。なくなったとはいえないけれど、その時間がなくなっただけで、時間はずいぶん余裕がでてきました。前より忙しくなくなってきている感じです。心が軽くなれば、さらに仕事などの効率はあがりよりゆったりした時間がやってきそうです。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵