世界が狭くなると

私の母は、兄と妹がいます。車で行けばすぐのところに祖父母も叔父、叔母もすんでいたのでよく会っていました。叔父の奥さんつまり、義理の叔母は公立の幼稚園の先生をしていました。祖父母と叔父夫婦は同居していたので、祖父母に会いに行くと必然的に義理の叔母にも会う事がありました。


良くある話ですが、義理の叔母について、祖母は色々と思う事があり、私の母つまり娘にいつも息子の嫁のことについてあれこれ言っていました。勿論 母の妹もそろって、女性3人がそろうと大抵は、義理の叔母の悪口に話題が及んでいました。しかし、面とむかって祖母は義理の叔母に何か思うところを言う事はしないし、顔を合わせている時はそれこそ普通に何事もないように笑ったり話たりしているので、子供の私は大人は不思議なものだと思っていました。


祖母は愚痴を言う割には、義理の叔母に気を使っていて、私、つまり娘の子供、外孫が遊びに行ったら、まず義理の叔母の部屋にいって「こんにちは お邪魔しています」とあいさつしに行きなさいといい、帰る時は「おじゃましました さようなら」と言ってから帰りなさいというのです。別に世話にもなっていないし、お茶の1杯もだしてもらっていないのに何をそこまでと子供ながらにちょっと面倒でした。


とはいうものの、大人の女性3人が話している事を聞いているとまあ、そう感じるのもしょうがないようなきがする部分も、義理の叔母にはありました。田舎の近所の人全員が知り合いのような狭い世界で、価値観を変えるチャンスもないまま生きてきた人たちです。そんな人からみると義理の叔母はちょっと変わった人ではありました。


すごく小さい時はこの大人4人の関係が「不思議だ」と思っていたのが、小学生くらいになると「義理の叔母に悪いところがある。不満を感じる祖母の気持ちもわかる」、高校生くらいになると「陰でとやかく言う祖母も悪い。思う事があるなら何とかしたらいい、愚痴ばかり言わないで」と、私の感覚も変わってきました。


義理の叔母の悪いと思っていたところは、よく言う田舎のお嫁さんとしての役割を果たしていない、義理の母に対する態度がよろしくないと思っていたのです。祖母が良かれと思ってやる事を無視したり、当たり前のように自分の仕事の都合で祖母に子供たちの世話を頼んでいたので、もう少し感謝の気持ちを持っても良さそうだと思っていたのです。そう、感謝や敬意がたりないと思っていたのです。


でも、ここ最近、私が人の目を気にして息苦しさを感じていた感覚から抜けて、自由な感覚を取り戻したり、固定観念が緩んできた中で、久しぶりに義理の叔母と会う機会があり、義理の叔母に対して思っていたことが別の側面から理解できたのです。義理の叔母は、ある意味、自由な人、自分の気持ちに正直な人であったのです。叔父と結婚するときも「私はこの人と結婚したい」とかなり主張して結婚したというエピソードもあり、子供も3人産んでいて「私は子供がすき」、「仕事もする」と田舎の祖母からみると、随分気ままな嫁にみえたのでしょう。 そんな義理の叔母の自由さを、不自由な感覚なまま生きていた祖母、母、叔母の3人はある意味うらやましかったのだろうなと腑に落ちたのです。


きつい表現をすると、3人で義理の叔母に嫉妬していたのでしょう。あまりに自由に自分の意思を大切に生きている義理の叔母がまぶしかったのでしょう。今は4人とも仲が悪いわけでもなく、うまくやっているようです。祖母たちも年を重ねて、息苦しさから多少は解放されてきたのかもしれません。それぞれに学ぶこともあったことでしょう。義理の叔母もそういったちょっと窮屈な感じの祖母たちに歩み寄ることもしているようです。


自分の生きている世界が狭いと、関わる人の数もへり、感情や思いがダイレクトに産まれてきやすいものです。その中でも、さももっともそうな理屈やストーリーを作ってあれこれ人に対して想いを感じる人は、何かしらその人に嫉妬を感じている場合が多いように思います。それは、お金がある、パートナーがいる、自由だ、苦労しないで楽に生きてそうだ、などなど。嫉妬するきっかけはほんの些細なことです。エネルギーのロスになるので、そんな嫉妬は手放して自分らしく生きていきたいものです。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵