男の子と女の子

ふと小さいころのことを考えていて、ああ、そういえばこんなことがあったなと思いだしたことがありました。それは小学生、3年か4年くらいだったように思います。あるとき、父が、「1人目の子供は男の子がいいとおもっていたんだ。自分が長男だから、その子供も一人目は男の子が良かった。だから、生まれて女の子だときいたときは、ああ、男の子がじゃなかったかぁ。」と思ったんだということを私に話してきました。


話の流れとしては、小さいころとてつもなく父は私に厳しくて、何度もてをあげられたし、怒られて夜に家のそとにおいだされたこと数知れずだったんですが、そういった厳しい対応をした背景として、「男の子」を想定していたということ、厳しくしすぎて、もぅし訳なかったというものでした。父が25歳の時に私は生まれているので、よく怒られていたころは父もまだ20代後半、十二分に若かったわけです。今となっては、子供が子供の面倒をみているようなものだから仕方ないよねと思って、笑ってしまいます。


その話を父にされて、小学生の私は、「男の子がよかったんだ へえ。それは申し訳なかったな」と軽くうけとめていた感じでした。また、父も、生まれた時はそう思ったけれど、私に話をしたときは、どっちでいいと思っていると言っていて、さらに、私の娘が生まれた際には、私が女の子であってよかったという感覚になっていました。結論からいうと、たいしてどうでもよかったわけです。


なのですが、たいした影響を受けたつもりのなかった私っだのですが、実はかなり影響を受けていたようです。もしかすると、私の過去世が反応したのかもしれません。父のそのフレーズをきっかけに過去世の記憶や感覚が呼び起こされて今世の私に影響がでたのでしょうか。戸籍上の性別は女性ですし、子供も産んでいて、みかけも普通にしていれば女性に見えます。しかし、気質は男性的な要素が強く、これは何か理由があるだろうけれどまあいいかとあまり気にもとめていなかったわけです。一方で、一悟術の関係で付き合いのある人には、女性性や母性が非常に強いのに、それを抑圧しているような感じがあるけどなんだろうね、と言われていました。でも、そんなこと言われてもわからないなぁと適当に受け流していました。


でも、この父の言葉を思い出し、何となく点と点がつながったのです。もともと、人並みに女性らしい気質もあり母性も平均はあるものの、父からの言葉や過去世の影響で女性性を否定する傾向があったのだなあと腑に落ちたのです。期待に応えられなかったけど、女の子なりに、男の子のように立ち居振る舞えば父も喜んでくれるかもしれないと小さい私は考えたのかもしれません。女の子だからという理由だけで、諦めたり頑張ったりしないという選択肢は私にはなく、勝たなくてもいいけど負けたくはない、同じでありたい、まさに父の期待のとおり、シンプルに同じ位置に立ちたかったのだなと妙に納得がいきました。


この年になって、自分の女性性を敢えて否定しているつもりもないし、男性に生まれて居たらよかったなんて、まったく思っていませんが、でも心の奥深くの小さいころの私はきっとそう感じていて、そこかしこで言動に影響がでていたんでしょう。何を手放すというわけではないのですが、自己理解が1つ進んだという感じです。なんとなく、ぼんやり掴みどころのなかった部分がへったのでより自己一致が増したというところでしょうか。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵