初めての朝

ある金曜の夜、前日も普通に仕事をして、夜、とある研修会に参加していたので帰宅したのは11時前、寝るのも結局1時前になっていました。翌朝も予定があったので、6時半には起きて準備をしたりしないといけない流れでした。寝る時に、「ああ、明日はまた眠いし体もしんどいやろうなあ」という考えが頭をよぎりました。 しかし、「休みなので、午後ちょっと昼寝をして回復すればなんとかなる」と、それをニンジンとして頑張ろうと思い眠りにつきました。


結局、7時に目を覚まし、「まあまだ大丈夫だ」と起きあがりました。体は当然重いよなぁと(心の中で)自分と自分で話をしながら、キッチンへコーヒーを準備するため向かいました。そうすると、懐かしいというか、初めてかもしれない感覚にきづいたのです。昨日までの疲れと睡眠時間の短さからいえば、当然、”このくらいの体の重さ、頭の重さ、しんどさ”みたいなものがあるはずでした。私としては、”このくらい”のしんどさを想定していたので、そのつもりの意識でいたのですが、体は想定通りではなく、かなり元気で、頭の重さはなく、足取りも軽い、普通に寝た時に比較的近い感覚でした。


さらに、コーヒーを淹れる準備をしていると、意味なく、理由なく、楽しくなってきたのです。別にいつもの、近所で売ってるコーヒーです。なんてことはない、まあ好みではありますが、かわり映えのないものを淹れようとしたいたので、ことさら楽しいことはありません。その日の予定も、研修が入っていて、3,4時間座りっぱなしで、耳の痛いような面白いような、面白くないような話をきかないといけないので、正直、気分は重め。


でも、体は軽いし、なんだか楽しくて、おもわず、動きがとまりました。「なにかがおかしい」と。 「変なものに憑かれたか?」とふとおもいましたが、朝、こういう感じにはならないので、違うと判断して、何が影響しているのか考えてみました。あるとしたら、前日に1つ自分の内面について発見したことがあって、それは1つ大きな変化へのトンネルになりそうなことではあったのです。


発見したという事自体も、当然めでたいことでしたが、発見された内容、認識した内容は決して褒められるようなことではなく、「そんな私の内面が人様に知られたら、あら大変!」となってしまいそうな、ちょっとまずいことでした。しかし、そういう望ましくない事実を認識したことで、どうも私の心は、つっかかりが取れたようでした。ばれたら、仕方ない、そしてばれても別にどうってことはなかったのです。だって、私のことが私にばれただけなので、問題の起こりようがないわけなのですから。


自分で一所懸命、自分に隠していたことが自分にばれて、もう隠す必要もなくなり、ばれても何のお咎めもなかったので、私の心は、晴れやかであったようです。きっと、言葉が話せる以前くらいの小さいときは目が覚めて朝おきると、何とも目の前が面白そうで、楽しそうで、期待にあふれていたのでしょう。まったく記憶にありませんが、そうなのではないかと推測した感じです。 それくらい、意味もなく、幸福な感じでした。10年ほど前は朝起きると、ああまた今日も一日が始まるとおもっていて、もうちょっとこの感覚なんとかならないかと思っていました。それが数年前から、思わなくなってきていました。でも、プラスマイナス0な感じで、前ほど嫌な感じはしないですよね、と自分と話していたのです。


その日の、目の前はいつも通りの我が家です。口をあけてガァガァ寝ている主人に、散らかり切った部屋で寝ている娘、私も40過ぎのいつものおばはんになている私。でも、まだ新品だったころのように、無心に幸せな感覚があったのです。


私にとっては、斬新な幸福感でした。この10年ほど、”幸福感”を探してきましたが、今まで探してみつけたような気になっていた幸福感とは違うタイプのものでした。がぜん、やる気がでてきました。もうちょっと頑張って、幸福感探しのスピードを上げてみようと思います。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵