予兆

昨日のブログにかきましたが、私にとって、大きな発見というか、自己対峙が進んだテーマが1つありました。私にとっては一大事ですが、人によっては「はあ?そんなこといやだったの?」と言われるようなことなのです。私の顕在意識では、存在そのものや、存在の大きさなどまったく予測していなかったものでした。でも、潜在意識は認識していたものです。うまく、連携がとれていない最たるものだったのです。


こういった、顕在意識にとっては脅威となるようなテーマは、これまた知らず知らず顕在意識は逃げようと画策をします。もうすぐ、顕在意識にとってまずい事、つまり知りたくないことを知る時がくる、今回の場合でいうと、そういうときに顕在意識は逃げに入ります。


どうも調子が悪くなるのです。今回でいうと、なんとなく、体はだるくて、いつもより寝ているのに眠くて、ここ何カ月もそんなことはなかったのに、仕事中に眠くて気絶しそうになったりもしました。自営業なので、思わずヨガマットを引いて事務所で昼寝をしたくらいです。普通なら、どこかわるいのではないか?となりそうです。


また、スナック菓子が無性にたべたくなって、コンビニでアイスクリームまで買い、それを二日に1回のペースで数回続けました。飲まなくなっていたビールの量も増えました。さすがに、食べ物にまででると、おかしいときづきました。でも、何が起こっているのかはわからないままでした。まあ、こういうときもあると流しかけたのですが。


とりあえず、これ以上体に悪いものを食べて逃げモードに居続けるのはやめようと決めました。一気に逆ブレさせてみました。普段なら買わないような、ちょっと高い魚や野菜をかって、作りたいだけ作りたいものを作り、主人が開けるといったらだめだしするようなちょっと高めのワインを開けて、満たす方向に調整をかけたのです。数日この状態を続けました。まあ、当然ですが、ジャンクフードへの興味は一瞬で消え状態を0地点に戻すことに成功しました。


状態が安定したところで、調子の悪い間に、意識できていなかったことや、宿題としてだされているようなことをあれこれ再開しました。周囲のアドバイスももらいながら、観察を続け、「ああ、勘弁してほしい、それだけは」と思うような未認識債務に気づいたのです。ああ、これに気づきたくなかったのねと妙に納得がいったのです。小さいころから、「私はどうしてこんなことがきになったり、恥ずかしいとおもうのかな」と謎に思っていたことがあったのですが、謎ともリンクしていて、謎も一緒にとけた感じでした。


こんな予兆は誰にでも起こりうることです。不調がすべてこの手のことを原因とするわけではないですが、1つの可能性としてあるということです。抵抗、なんていう呼び方を私たちはよくしますが、抵抗によって不調になることは、やはりあると考えたほうが、しっくりいくことが多いなというのが今の私の実感です。


だからしょうがないと、するのも場合によってはありでしょう。でも、不調というサインであっても、予兆として、変化の兆しがみえているともいえるのです。せっかく、サインがでているのであれば、押ボタン信号のボタンをおして、青信号にして、わたってみましょう。向こう側には、思った以上に面白い世界が広がっているように思います。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵