1番欲しいもの

人は、本当に自分が一番欲しいものを素直に「欲しい」と言えているのでしょうか。どういう視点で答えるのかによってもかわってくるでしょう。たいていの人は、「一番欲しいものを欲しいとは言えない」と答えが返ってきそうです。こういう話をきいて、その直後は「へえみんな、そうなんだ。ちょっと理解しがいたいなあ」と私は考えていました。


でも、数日たって、ああ私も一番欲しいとおもうのを欲しいといえなかったんだと、長らく忘れていた自分の過去のリアルな感覚をおもいだしたのです。親や祖父母にたいしても、一番欲しいものを欲しいというのはなんとなく躊躇がありました。一つは、金額的なものや、自分が姉という立場で弟がいる環境でそんなに素直に欲しいものを言っていいような感じがしていなかったのです。よく考えると、両親も祖父母も「そんなこといってはダメ」とは私にいいませんでしたが、なんとなく子供ながらにそれを察していたようです。


それ以外にも、複数の友達と、何かを分ける、それぞれが好きなものをとっていいというときに、「私はこれ」「私はこっち」と友達はすぐに素直に自分の希望を口に出していうのですが、私はだれかと被ることが嫌で、申し訳ないようなきがして最後のほうまで言えなくて、結局、だれともかぶらないようなものを選んでいたことがありました。


いずれも、本当に欲しいものが得られなかったときの悲しみや惨めさを感じないようにするための自己防衛本能でしょう。だめで傷つくくらいなら、無難なところで落ち着いて安全な道をすすもうという作戦でしょう。このころの私は、きっと自己固定感がいまよりかなり低く、なぜ自分がここに生まれて生きているのか不思議におもっていたような時期でした。今おもうと、別に虐待されていたわけでもないですが、自分が今ここに居る事がいけないことのように感じていたのです。これも何か明確な理由があったわけではないですが、インナーチャイルドが大きく影響していたのでしょう。


こういった気質が大人になっても続く人もいるようです。しかし、私は特異体質であったのか、あるときこの「一番が得られない」という苦痛にたえきれなくなってきたようです。そのため、必ず一番がえられるように戦略をたてることに、方針を変更したのです。いつからそうなったのかは、はっきりわかりませんが、あるときから負け戦をさけるというよりは、勝ちに行くような感覚に変化していきました。いつ頃であったか、こういう感じの生きずらさに辟易したのです。誰かの顔色をみたり、自分の気持ちをいつも抑え込んだままいきるのは嫌だと、そこで表面的には非常にアグレッシブで好戦的な感じに立ち居振る舞いを変えていったように思います。


しかし、これはこれで問題でもあったのです。大人になっても「1番を選べない」と感じることも問題ですが、ある意味、一定の負荷をかけて一番を選びに行っているので、結構疲れるのです。できれば、無難に済ませておけばいいところを敢えて、チャレンジして勝ちに行こうとするのです。かなり疲れるわけです。私が、幸福感を探したり、疲労感から抜け出すことを模索したのはここにも原因があったのかもしれません。


本来は、人は、自然に1番望むものをえらぶことがいいでしょう。でも、勿論そうはいかないこともあります。その中でも、選ぼうとすること自体をあきらめるのはやめておいた方がいい気がします。いつも1番望むものに執着するのも疲れますが、いつも望むことすらあきらめてしまうと、そこから何も自分の望む方向に人生はかわらないのです。


いつも諦め気味で、どうしようかと思っている方がいらっしゃれば、それはちょっとしたきかっけできっと変えていくことができると思いますよ。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵