友達との距離

幼稚園のころ、小学生のころ、中学生のころ、だんだん大きくなり、学校がかわり、大人になってつきあう友達はかわっていくでしょう。その時の自分の興味の対象や、通っている学校、地域など、クラス替えもあるでしょうし、小さい時から変わらず同じ人と付き合いがあるひとはほとんどいないのではないでしょうか。


特に問題があったわけではないけど、なんだか自然に疎遠になっていくということが通常でしょう。にもかかわらず、継続性に意識がいって何とか特定のだれかとのかかわりを維持したいとかそこに執着があって継続しているというのは不自然かもしれません。環境が変化してつきあう頻度がかわったりすることは割と人は受け入れやすいのかもしれません。学校がかわったり、就職したり、結婚したり、子供ができたとかいう生活環境の変化に伴うつきあう頻度の変化や距離感の変化は特に大きな動揺や心の動きはないでしょう。


しかし、外的な環境の変化がないにも関わらず、付き合う人がかわっていく、かわるというより今までつきあっていた人との距離感がかわって、付き合わなくなったり疎遠になる場合はどうでしょうか。


よくあることですが、自分の内面が変化してくると今まで当たり前であったことが当たり前でなくなったり、今までとても楽しいとおもっていたことが特に面白いと感じなくなったりすることはよくあります。逆もしかりで、今までは苦痛の種でしかなかったことがとてもおもしろく感じられるようになって、夢中になるようなこともおきてくるものです。


そうなると、当然今までの人間関係にも変化はでてくるのです。わかりやすい例でいうと、無意識に友達に依存的になっていた関係があった友達がいる場合に、以前は「ああ、私は何かあったらいつでもあの子がいるから、相談できるし、相談にのってもらったら何とかできるに違いない」と思っていたことが、自立できるようになると、そもそも悩むことがへってきたり、悩みがでてきたとしても「自分でどうしたいか、自分できめよう」と感じ方や思考パターンがかわってくるものです。そうなると、相談することが減るわけですから当然、その友人と連絡を取る回数はへるでしょう。これだけでも付き合い方は変化していくのです。さらに進むと、相談することがなければ、その友達には連絡する必要がないくらいになってしまったりするのです。


これは、事後的に変化を振り返った場合ですが、潜在意識はこれを内面の変化が起きる前からある意味でしっているのです。そうなると、潜在意識は変化を止めるような働きかけをしてくることがあります。それは、抵抗とよばれるような形で、内面の変化を促すワークをやる気がしなくなったり、こんなこと意味がないのではないかと疑ってみたりするわけです。


よくあるブレーキの作用であって、ある意味のホメオスタシスが働いているわけです。一定以上の大きな変化が起きないように、知らない世界にいかないようにと潜在意識は一生懸命変化を止めようとします。


私達は、友達は大切にしなければいけないと小さい時から教え込まれています。もちろん、家族もそうです。そのため、自分の内面の変化で、その大切にすべき友達や家族と疎遠になったり距離が離れることがとてもよくないことや、寂しいことというイメージを抱いていることがよくあります。結果、内面の変化をとめて、今に居とどまろうとするのです。


しかし、今までの縁のあった関係は、従来の変化する前に自分にみあった人間関係であったのです。ということは、自分が変化すれば自然とまた別の新しい人間関係があらわれてくるのです。これは、付き合う人がまったく変わるという意味だけではなく、同じ人であっても付き合い方がかわることもあります。その意味で、内面の変化にともなってやってくる人間関係の変化は、恐れるべきもの、してはならない変化ではなく、さらに自分の変化した状態を定着させるために必要な外部環境の変化なのです。


友達を裏切ったような、ダメな自分というイメージを持たずに、そういう変化を不安に感じることなく内面をどんどん変化させて、よりよい距離感の人間関係ができることを楽しみに自己成長していけるといいのではないでしょうか。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵