閉塞感

一悟術のヒーラーを紹介されて、大きなばくちでもするかのつもりでヒーリングを受けたのがもう何年前だったか。受けて、状況はよくなっていったものの、その変化を十分に受取きれていなかったし、それを活かせていない自分がいました。


基本解消も、過去生ヒーリングもうけたのに、あれ全然かわっていない?もっと幸福になるはずではなかったのか?と閉塞感というか、まだかわらなの?思っていた現実ではないんだけれど?と不満に思っていた時期がありました。


今となってはわかりますが、簡単に結果をもとめていたのです。何かうければ変わる的な要素が大きかったのです。勿論、ヒーリングでも一定の変化を感じることはあるでしょう。それはたとえで言うなら、自分に1,000キログラムの石が乗っかっていてそれを、ヒーリングによって400キログラム負担を軽減できたとしましょう。400キログラムって自分ひとりで動かせるような重さではありませんよね。これをヒーリングで動かせたのなら、効果はでているといえるでしょう。


でもまだ600キログラムの負担は残っているわけです。最初に比べれば随分かるくなっていますが、600キログラムというのは、決して軽いものではないし、一人で簡単にうごかせるような重さではありません。こういう場合、軽くなっているんだけれど、本人は相変わらず重い負担のままであるという感じなのです。実感として軽くなったようなきがしない、重さが例えば、10キロぐらいになってくらたらそれはそれは軽くなったきがするのですが、まだ600キログラムあるとまだまだ重いと感じるわけです。


軽くなったもののまだのこっているこの600キログラムに私は閉塞感を感じていたのは、覚醒塾をうけたり感情カウンセリングを受ける前でした。ただ、受動的にヒーリングだけをうけてそれでどうかわったかということにしか意識が向いていなかった時期です。ほかの能力者の人にあれこれ話をきいてもらって、アドバイスをうけたりしていましたがなかなかこの閉塞感からでられなくて悔しい感じがしていました。


しかし、ここで諦める事もできないと踏みとどまり、覚醒塾の課題をこなし、自力で残りの600キログラムを何とかしようと歩みを進め始めました。それでも最初は、悔しくて早く結果がほしくて、何度ももう自分にむきあったり自己成長を志向するのはやめようかなとおもったことが何度かありました。


でも、徐々に変化することには時間がかかること、自分の責任でむかいあうことなくして結果や状況はかわってこないということが腑に落ちてきました。逃げてもいいけど、逃げたほうが辛い苦しいことがあるような直感も働いていたのかもしれません。やってしんどいこの状況、やらなくてどうして苦しくなくなるといえるのでしょうか。 そんな捉え方もあって、わたしは今の方向性で自分と向き合う事を選択してきました。


いつまで続くの?いつ変わるの?そんな問いかけをしたくなるでしょう。でもそれがある間は、ひょっとしたらそんな日はこないのかもしれません。今、ここにいて、できることを愚直につみあげることで、いつしか結果がかわってくる、目の前のにんじんを意識しなくても進むことができるようになったら本当に欲しい状況が現れるのかもしれません。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵