瀬戸内海

先週は、広島空港から瀬戸内海のほうへ行ってきました。前半のお天気はとてもよくて、これが海かというくらい穏やかな海で、どこか懐かしさを感じながら景色を眺めていました。関西出身なので、瀬戸内海はなじみはあって、いくつかの島はおとずれたこともあるので当時を思い出すこともありました。

とはいえ、他の人が目にはいっている景色を私が見過ごしていることも多くて驚きました。視力はかなりいい方なので、みえないはずはないのですが、どうも意識が見ないようにしている感じでした。

懐かしい風景なはずなのに、見たくないような相反する感覚がありました。こういう感覚は、誰しも割とよく感じているはずなのですが、かなりの確率で無視しがちな感覚なのかもしれません。顕在的に、今、主となっている立ち位置からの感覚を重視して、影に潜んでいるほうの感覚を無視するのです。例えば、今世の感覚と過去性の感覚とでもいいましょうか。今世の自分として感じている感覚のみを感じて、過去性の自分が感じていた感覚に蓋をするのです。


過去性と今世だけではないですが、自分の中に相反する感覚があることはないでしょうか。何かに対して、好きな部分もあるけど嫌いな部分もある。これだとわかりやすいですが、アクセルを踏んでよぉし進んでいこうと思っているのに、ブレーキを踏んでいる自分がいるような場合も、相反する自分がいるのですが、これにはなかなか気づけません。


顕在的にはこうしたい、と思ているのに、別の自分がブレーキをかけている。なかなかきづけなくて、どうせ自分は変われない、何もかわらないと諦めてしまう人は結構多いように思います。私もその一人でした。せっかく変わろうと思ってあれこれ頑張っても、最後の最後で変れない、何か進めない自分がいて諦めて引き返してしまう。そんなことが何度もあり、なんと自分は情けない人間なのだと思いました。


でも、自分の知らない自分がいて、その自分が裏で一生懸命、変わらないように頑張っていると捉えられれば対応の仕方もあるわけです。その裏で逆のことをする自分を、味方につけるよう説得していけばいいのです。これが抵抗を解消する、そんな表現になるのでしょうか。ここも自分一人ではきづけないものです。最近、やはり適切な人のアドバイスというのは必用なんだなと思いました。こんなことなら、もっと早くアドバイスを聞いておけばよかったと思うのですが、まあそれも変化に対する恐怖や抵抗なんでしょう。


リーディングはソフトウエアのアップデートだと思っています。自分でやってきて変わらないから今の自分があるわけです、変わるためには、異なる視点や意見をとりいれていくしかないわけです。論理的に考えて、変化を望むのであれば、いままでの やり方や考え方を手放さなければ変化は起きないのです。不安や執着もあるでしょう。でも、変わるためには、それを手放して異なる意見や視点をどんどん取り入れていくことも必要です。バランスは大事ですが、適切なアドバイザーならそのバランスもとってくれるはずです。


私も変化の岐路にたっていて、躊躇することが多いです。でも今、変わらないとっていうときが誰にでもあるはずです。その時を見逃さないで、新しいあったことのない自分に会えるといいなと思います。瀬戸内海はそんな自分の中にいる相反する自分をわりあいはっきり認識できた場所でした。平家や源氏と関係あるのかしらなんて冗談でみなで話して過ごしました。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵