12月に思う事

誰もが12月は師走というくらい、何だか忙しいものです。同じ1月なのにやることがいつもより多かったり、人が集まったり動くことが多いので、街も混んでいて移動にも時間がかかったりいつものお店をいつものように使えないことも多いものです。さらに、いつもなら翌日には買ったものが届くようなケースでも数日まつことになるのもよくあります。

12月は働き始めて1,2を争う繁忙期でした。それに、一般的な忙しさも加わって12月を恐ろしくすら感じていました。今となっては大げさですが、本当にそんな雰囲気が自分の中にあって何とか12月にやることをためないように前倒しできることをなるべく11月にやってしまうような意識が常にありました。

おかげで、時間効率を最大限に考える習慣がついたともいえるのでありがたいともいえます。しかし、当時は、睡眠時間も削って、心理的にも強迫観念的な発想が強かったのでいまよりもっといろいろなことをするのが大変でした。米袋でも背負っていたのかしら?と今は思うくらい、体も心も重かったなと思います。

前倒ししてあれこれやっているのに、それでも追いつかなくてほんとぎりぎりに12月のタスクを負えて、フルマラソンでも走ったように年末の休暇に入っていました。そのため休暇にはいったとたん、高熱を出すことも何度もありました。実家に戻っても、結局寝込んで数日起き上がれないこともありました。今となっては懐かしい思い出でもありますが、それくらい日々の感情の抑圧が強かったんだろうと思います。

少し違った視点で、毎年おもっていたことがあります。それは、「ああ、今年も結局去年と特に変わりのない1年だった。何も進歩がなかった」と12月になると残念な気持ちになっていました。ポイントは違いますが、自分なりに今年はこういう1年にしようと何かしら意図をもって過ごしてはいたので、その思っていたような変化や結果がでていないことを嘆いていました。やっぱり駄目な私である、そんなセルフイメージが強くしみついていました。

これはある側面においては事実でした。当時の自分のセルフイメージに執着してその範囲内でした変化しようとしていなかったので、そりゃあかわっていないでしょ、とつっこみたくなるところは満載です。しかし、別の側面では、確かに変化はしていたのです。例えば、毎日部屋がおもちゃ箱をひっくり返したようなごちゃごちゃの状態であったのが、そういう状態でなくなったこと。家中、ものや本、洋服があふれかえっていたのに、物が減ってすっきり片付いた。いつも睡眠不足で疲れていたのが、だいたい必要な睡眠はとれている。もっと正確に緻密に、評価すればたくさんの変化のポイントがありました。

でも当時は、全然なにも変わっていないという評価しかできなかったのです。2017年の12月に同じように思っていることに気づいて、しかし、それもおかしいのではないかとさすがに感じてもう少し精査したことがきっかけでした。

誰しも、自分のやってきたこと、出した結果を適正に評価はしていないことがとても多いものです。12月というタイミングだからこそ適正にやってきたこと、進んだことを評価してはいかがでしょうか。もちろん過大評価も問題です。しかし、まずはちょっと甘めにやってきたことをだしてみましょう。十分に自己評価してポイント付与できるようなくらいだしてから、来年にむけて、ちょっと厳しめにレビューをしてみてはどうでしょうか。

より今年より進むため、自分と向き合うため、自分を自分で幸せにしていくために、少しストレッチして目標をたてるようなつもりで見直してみるのは年末ならではです。数年前まではそんな時間ももとうもとうと思いつつ、これまた持てずに自己否定感満載でした。

完璧にはできていませんが、でも諦めずにぼちぼち継続することで、どんな人でも必ず変化はしていくものです。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵