遅ればせながら

あけましておめでとうございます。今年も、みなさんにとって、自分を肯定し、自分らしく過ごせる1年になりますように。

2019年のお正月は、私にとって珍しいパターンの過ごし方をしました。元日の昼頃から2日の夜まで一人で東京にいました。1日の自宅周辺は、ほとんど人がおらず、窓をあけてもほとんど音がしないような雰囲気でなんとも空気が澄んでいて、東京のエネルギー状態が本当はこんなにいいものなんだなと感じました。

新年早々でしたが、自分の中で向き合って整理しておきたいことがあったので、意識を向けたり書き出したりしていました。年末ぎりぎりに、1つ薄いベールが取れて、そんなことが自分の心のなかにあったんだなと存在に気づいたテーマでした。あまりにも自分の中で当たりませすぎて、これが自分、つまりまさにセルフイメージの根幹をなしていて価値観や指針に関わる事でした。

まあ、確かにここが少し変化すれば、私の人生観や生き方、感じ方はかわるなと思う部分への理解がすすんだのですが、まったくそんな捉え方をせずにセルフイメージを捉えていて、よく、セルフイメージと本質的な自分は異なることがたいていで、自己成長がすすみ、自己一致感があがれば、この両者が同質化してくるものだとは聞いていたもののあまり、差を認識していませんでした。でも、一般的に言われる通りであったわけです。

自分のなかにあった、なんだか固くて扱いに困っていた部分が少し緩んだような印象です。もう少し意識的にこの部分はあつかっていって、暑くなるころには笑い話に変えられればいいなと思いました。

それぞれの人にとって、その時その時、もちろんせいいっぱい生きているわけで、その時の精いっぱいの感じかた、自分の守り方、周囲との付き合い方をバランスを取ろうとしているものです。でも、なかなか思った通りにならなかったり、誰かを傷つけてしまったりということも起きるものですし、そもそもどうしていかわからないということも多々あります。わからなくて、動けなくて、ただその瞬間が通りするぎることを待つしかないこともあるものです。

でも、何かしら変わろうと意図をもちつつ、前をむいていると、ふと動ける瞬間がきたり、手を取ってくれる人が現れたりするものでもあります。見えない力が働くというか、何かしらの繋がりはやはり存在していのでしょう。

今年の年始は、一人の時間があったこと以外は、特にここ数年とかわったことはありません。環境や人間関係もそれほど大きな変化があったわけではないですが、数年前と比べるとずいぶん私の外をとらえる、見る目が変った、感じ方が変ったものだと思います。何かしらの不満足感や残念な気持、今、目の前にあるものを素直にありがたいと受け取れ切れていなかった要素が減ったように思います。基本的な方針はかわらず、目の前におきることを自分事として捉えて、今年も日々過ごしていくなかで幸福感がませばいいなと思っています。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵