変化の月

そんなことは、何度も、結構、定期的にいわれていて、本当のような嘘のようなことですが、変化の時、ということば。8月もそんなことを何人かと話していました。

あまり自分には関係ないかなと思っていましたが、振り返ると私自身のことでなくても、周りがそうなっている人はそれなりにいたなと思いました。

自分の事としては、移動が多かった月で、今後の生活の予行演習のような感じでした。長期で家をあけることは定期的にはありましたが、国内で細切れにあけることはあまりありませんでした。なんとなく、自宅とそれ以外の境界が薄らいだ気がします。仕事のやり方や場所もかわりそうです。祖母がなくなりました。ロウソクの火が消えるように、心臓がゆっくりとまってそっと旅立ちました。意外に衝撃をうけたのが、週一回かよっていたヨガの先生がやめてしまうことでした。チェーン店系のヨガに、家から近いことを理由にお試しではいってみたら、一人だけこの人ならと思える先生がいて、かれこれ4年ほど通っていました。でもクラスを受講するだけで、こんにちわ、さようらなしか話すことはなく、でもわりと参加者も固定していて沈黙の中になんとなく一体感ある不思議なクラスでした。もちろん受講者同士もほとんど話はしませんが、お互いいつもの人という感じなのです。その距離感も心地よく通っていたのです。しかし、先生の口から8がいっぱいでやめると聞いて、少しそのことを先生と話したら、不覚にも泣きそうになって、あわてて先生にさようならといってスタジオをでました。

周りでは、ビジネスに区切りをつける、離婚する、ガンの告知をうけて余命を限定される、転職する、引越しをきめる、わかりやすく変化の波がきているようでした。一見このましくなさそうな変化であったとしても、そこから、必要なエッセンスをかんじとって、活かしていけるといいなとおもいます。

私は、どちらかというと変化がきらいで、安定した予測可能な状態を望む傾向があります。気をつけないと固着して、執着が生まれ、身動きが取れなくなる可能性が大いにあります。なので、春から、意識的に行動パターンをかえるようにしてきました。些細なことですが、小さな軋轢というか気持ちのザワつきを感じることがふえました。つまりは、不安定さ、未知の世界への不安がそうさせるのです。ほんと些細なことです、電車移動を自分で運転して車で移動する、新幹線だったのを飛行機にする、自分でつくって食べることを減らしてあえて無理せず外食ですませる。さっさと片付けてしまう仕事や家事をあえてギリギリまでしないでまつ。 そんな変化が、もっと大きな難しい変化への土台をつくっていくように思います。最初は、そんなことして何か影響はあるのかなと半信半疑でしたが、積み上げの効果はありそうです。

あと、望まない、または想定していない変化に翻弄されるのは避けたいところです。変化をつよく避けていると、成功すればそれもまたよしですが、抵抗がうまくいかず変化の波にのまれたときの衝撃と途方に暮れる感じはなかなかつらいものです。抗いようのない変化もあるし、そうすることがエネルギーの消耗にもなります。ほどほどに受け入れてうまく乗りこなしたいものです。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵