合唱

無事に残りの合唱メンバーが到着しました。もし到着しなかったら20人弱で歌うことになり、音痴な私としては何としても避けたい状況でしたので、非常に別の意味でもみんなの到着がうれしく感じたのです。当初の予定通りにはいかなくなったので、日程を組み替えて合唱を行いました。

1回目は、モルモン教会での公演。教会への敬意をこめて、全員真っ白の衣装で歌いました。基本、君が代、アメリア国家、マイバラード、大地讃頌、なんでもないや(英語&日本語)で歌います。君が代が始まると、観客は全員規律して合唱を聞いてくれました。お互いの国や国民に対する敬意はこんな些細なところでも十分表現できて伝わるものだと思いました。初回で体調が万全でなかったものの、大きなミスなどなく、公演はおわり、観客からはとてもよかった、また来てほしいというようなお声がけもいただいて有難い気持ちになりました。 特に、私は足をひっぱらないようにと思っている程度の歌唱力なので、もう少し練習しないとまずかったかなと今頃反省しました。

2回目は、ワシントンのユニオンステーションという駅のメインホールです。イメージ的ににはJRの駅で、東京駅、品川駅あたりでしょうか。ここはピアノがないのでアカペラでの合唱です。特に告知もしていないので、その場にいた人だけが観客で、夕べとはことなります。君が代、アメリア国家、マイバラード、大地讃頌、なんでもないや(日本語)で歌います。君が代が始まるとなんとなく周囲の意識がこちらにむきますが、しーんとすることありません。アメリカ国家が始まると、意識の向き具合がぐっとかわってきて、近くでおしゃべりしていた人たちのおしゃべりが止み始めました。 日本語の曲が始まると立ち止まって聞いてくれる人も見受けられました。歌っているので、周辺視野でみているだけなんですが、完全無視されている感じはなく、動画撮影している人もいました。ワシントン時間の朝10時、みんなの疲労もとれていない、アカペラということもあり完璧ではありませんでしたが、十分次につなげられる感じの公演となりました。

そして、3回目はこれがメインの公演で、前の2回はある意味ここにつなげるための準備公演でした。現日本大使公邸での公演です。女性は黒のマキシロングスカート、男性は黒のボウタイでかなりの正装です。もちろん、普段スカートをあまりはかない私は何度も自分のスカートを踏んでこけかました。毎回、歌うたびに、「あ、またずれた」「あ、またわからなくなった」と頭の中で独り言をいっているのですが、本番のみんなの集中力と私がここに来た目的を再度明確にして臨んだおかげでしょうか。独り言は聞こえず、非常に音をうまくとれて今までで一番良かったような気分で歌えたのでした。指揮者からのコメントも、1年でここまで来れるとは思えないくらいの出来栄えだったと、そして、人はその気になればたった1年でここまで変われるんだということを体験させてもらったとお褒めの言葉をいただきました。1年前は楽譜がよめないメンバーが多数いて、基礎の基礎から始めたこの合唱団だったので、その意味でも聞いてもらうのに堪えうるレベルまでこれたというのはかなりの進歩でしょう。 人の可能性を実感できた体験でした。ちょっと私もつづけてみようかなとうっすら思いはじめたくらいなので。

音楽にしても、自分の課題に対する取り組みや自己対峙にしてもなかなか結果がでないことは多いものです。でも、結果をだすまでの過程における抵抗や無力感にまけずに継続することで結果がついてくるというのは40歳半ばにして再度体験できたのはとてもよかったなと思いました。もうこんな年だしと思うことは当然たくさんありますが、あきらめずに向き合い続けるというのは無駄なことではないと再確認しました。今回は、合唱という集団でのプロセスであったので、その意味でも、集団のもつ推進力が個々を助けたともいえるでしょう。一人ではないというのが、大きな要因の一つでもあります。私はどちらかというと、正直集団が苦手で、このメリットより集団のデメリットに目が向きがちなほうです。集団だと依存を生みやすい条件がそろいやすい、そしてそれがばれにくいというデメリットがあまりすきではなかったのです。しかし、今回集団のメリットを少し体験できたことは今後の私にとっては貴重な体験であったように思います。

集団だからこそ、成せることもあるということをもう少し自分の感覚に取り入れて活かしていきたいと思いました。






 














睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵