不満はない

今の生き方、生活に何の不満もないという人はそうそういないのではないでしょうか。人間関係、家族、仕事、お金、挙げればきりがないくらい悩みや不満はあるでしょう。しかし、「いいえ、今の人生や暮らしに不満はないです」と、答える人も結構いるんだと最近感じることがあります。 すごいなあと思っていましたが、話をしてみると「はい」ということで堰をきったように「いいえ」がでることを恐れている人も多いようです。「はい」ということがきっかけで、今の状況が壊れる不安でしょうか。なので、自分がいいえと言っているその感覚は本当なのか、どこかで気づかないようにしている。自分に嘘をついてでも、状況が守られているならある意味幸せだという捉え方もあるかもしれません。

はい、と思っていると苦しいからなんとかしたい、でもなんともできなくて、どうしていいかわからない、そんな状況にも陥ります。堂々巡りで苦しくなって、また、いいえに切り替えて諦める人もいます。 一方、諦められない人もいて、苦しい時間が続くことになります。

この苦しい時間に対して、八方ふさがりでただ時間が過ぎ去るのを待つしかできない人もいるでしょう。いつ終わるとも知れない時間に、いいえとは言えずでも動けない。でも、動けないながらでも、きっとどこかに寄り添ってくれる人はいて何か一緒に動ける方法を考えてくれる人はいるはずです。まだ巡り合っていないだけで、どこかにいるはずです。まずはその誰かを探すことは諦めないのが肝要かもしれません。

自分でいくら考えても、やはり今の自分の枠の中でしか考えられないので、状況を大きくかえていくのは難しいでしょう。私もあれこれやってみたつもりでしたが、なかなかいいアイデアは見つけられませんでした。今、振り返ると当然です。当時の自分の枠の中で、考えをだしていたので。この人かもしれない、あの人かもしれないと、あれこれ本を読んだり、ネットで探しては、ああまた違ったなと思ったことは何度もありました。でも、誰しもいい方向性をみいだしていけるプロセスに寄り添ってくれる人はきっと見つかるはずです。でなければ生まれてこないでしょう。一つ、肝に銘じることは、たいていそういう人は、第一印象がいまいちです。なので、気づかないで縁を逃さないようにできるといいですね。

耳の痛い話や、自分の今の考えに合わない人の話はききたくないものです。それを避けるくらいの選択権は自分にあるとおもっているでしょう。もちろんその選択権もあります。しかし、あえて変化球をうけとってみることで、意外に寄り添ってくれる人がそばにいることに気づけるかもしれません。それは人ではないかもしれなくて、日常の自分の小さな選択であったりもします。スモールステップをみつけていても、なかなかそのステップが上がれない。ほんの少し、勇気をだしていつもと違う方向に歩みを進めることができない。人のせいにしてみたり、環境のせいにしたくなります。誰かのせいにできれば何かのせいにできれば楽

です。でも動けない身動きとれないより、自由に生きてみようとしみてはどうでしょうか。

集団の力や誰かの手を少しかりてもいいでしょう。依存ではなくそっと寄り添ってくれる人がいるものです。自分ですすむことも諦めず、でもその誰かを探すこともあきらめず、両方バランスよく諦めないで、不満の少ない自分らしい時間を過ごしていきたいものです。

今回の合唱は、私にとっては変化球でした。とにかくあり得ないと、参加することに何度も抵抗していました。しかし、ありがたく何度も声をかえてくれる、寄り添ってくれる人がいたので、ぎりぎりセーフで参加できました。そんな声を聞き逃さないで、受け止めていける人が増えるといいですね。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵