ワシントン最終日

合唱の本番が日本大使公邸で終わった翌日は、1日フリーでした。特に観光の予定もなかったので少し仕事を片付けて、ランチがてら一人で散歩にでかけました。アメリカですが、ワシントンはホームレスも少ないし、ずいぶん安全な印象です。

合唱やその前の旅行での気づきや受取もあって、意識が幾分繊細に自分の感覚をとらえられるような感じがしました。一瞬で消え去ってしまう、ほんの小さな気持ちの揺らぎや波、小さすぎて微細すぎて拾えきれない感覚を私たちは、一瞬一瞬にたくさん感じているのです。でもあまりにも微細で、その声は小さくて自分の心の声を投影しているのに、自分がキャッチできないのです。 だからこそ人は、自分のことがわからない、となるのでしょう。

難易度は高く、そんなものあるはずもないと思っている人も多いのかもしれません。私もどちらかというとそう思っていました。 今、自分が感じていること考えていることくらいわかっていると、そんな立ち位置だったわけです。

でもそれは、ほんとうはそういう感覚を拾えていなかった。または拾う勇気がなかったのです。そんな一瞬一瞬に湧き上がる感覚をとらえていたら、不安や恐怖に押しつぶされてしまうのがわかっていたのでしょう。それくらい、人の心には不安や恐怖があるものです。ネガティブにとらえる必要はまったくないですが。事実だと思います。人間はそういう性質なのです。

ワシントンを散歩しているときに、そんな一瞬の不安や恐怖、自己否定をキャッチすることがたくさんありました。面白いくらい、いろいろ、感じていて。冷静に客観的に観察すると

見当違いの不安や自己否定もたくさんありますが、でも私の心は揺らいでいてとめどもなく次から次へとでてくるのです。ちょっと笑えて来るくらいでした。一瞬で消え去る、なくなるのではなく、沈んでしますのですぐ忘れる程度のものですが、確実に存在していて、実態のないものもありますが、浮いてくるのです。

これも、スモールステップですがこんな一瞬のささいな感情を処理していくことが蓄積されると不安は確実にへって、自己否定もへっていくものです。ヒーリングを受けたころを思い返すと、いまよりずいぶん浮いてきていたであろうと容易に想像できますが、そんなことまったくないかのごとく過ごしていました。なので、疲れやすいし、不機嫌になりやすかったわけです。前より少し元気になって疲れにくくなったのは、一瞬浮いてくる不安の絶対量がへってきたからかもしれません。どうせ変わらないと思うこと、思わせるようなエネルギーも多くありますが、決して変われないことはないのようなので、もう少し貪欲に不安と向き合って幸福感を増していけるといいなと思いました。

睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵