羨ましいと嫉妬

誰かや何かを羨ましいと感じる。
誰かや何かに嫉妬する。
この二つを同じことだと捉えていました。
嫉妬と羨ましいは、強度の違いはあるけれど性質は同じだと思っていました。でも、少し前にある人と話していて、両者は異なるものだという話の展開になりました。
簡単にイメージすると、嫉妬はその感覚がぐるぐると回っていてどこにも流れたり進んでいかず濃度は増していく。
羨ましいという感覚は、どこかにむかって、ある意味前向きに進む推進力をもっていて、その人が逆に
変化する助けになる。濃度は薄まるわけではないが広がりを持つ。
あくまでイメージですが、後者のほうがイメージはいいですね。
どちらをもったらいいとか悪いわけではないですが、自分の変化や全身への推進力にするなら憧れの方がよさそうですね。しかし、憧れを持とう、嫉妬は感じないようにしようとして、自主的に選べるとも限りません。ベースの状況やそれまでの経緯が影響するでしょう。
憧れを抱いているのに、嫉妬と勘違いして自分は至らない人間だと悩んでいる人もいるかもしれません。 嫉妬に苛まれ苦しんでいるのに、それを見ないようにしてごまかすことで、さらに苦しんでいる人もいるでしょう。どちらにしても、望ましい状態ではありませんので、適切な認識に補正したいものです。
扱い方を間違えず、向き合っていくことで大きな変化になっていくでしょう。自己肯定感の歪みがなくなって、グルグルまわって何も生み出せなかったエネルギーロスがなくなって、より前向きな方向へ生きるエネルギーをつかえそうです。


睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵