2020年はよくわからない

すっかり前回から時間がたってしまいました。年末年始は、大掃除をしていました。昨年中に終わらずきになったところを2日くらいまでやり、納得感がでたのでいったん切り上げました。数年かけて減らしてきた物の成果もでて掃除はずいぶんしやすくなりましたが、一定の時間はかかるものですね。 特に、拭き掃除をそこかしことやっていたのですが、目にはみえないけど拭いてみるとしっかりよごれがついていて、それをきれいにするのは、心にたまったおりを少しづつ丁寧に流していくのと似ているのかもしれません。


おそらく初めてかもしれないくれい、長い時間娘とお正月を東京で過ごしました。たまたまが重なったのですが、切替という意味でもいいタイミングでした。従来のお正月の過ごし方ではなく、自分たちのスタイルを再構築していくときなんでしょう。


いろいろ変化していく年であること、自分もそれを意図してきたのですが、年があけて、なんだかよくわからないなあという感じがしていました。新年を迎えて、心新たにとか、何かをがんばろうとか、そういう感じでもないし、だらだらして寝正月なわけでもなく、定まらない感じがずっとしていました。 それもあって、書けなかったのかもしれません。


知った感覚のままでいると、それは変化ではないとも言えます。知っている世界の中での変化になっているのです。でも、それを望んでいるのかなとおもうと、違っていて、知らないまだ未知の世界への変化を望んでいる場合は、その途中はかなり不確実で、よくわからなくて、なんとも心もとなく、不安が満載です。 勝手知ったる世界でなければ、当然よくわからなくて、間違うこともあるだろうけど、それでも進んでみようとして、初めて変化の結果が捉えられるのでしょう。 その意味で、私もちょっと知らない世界をのぞいているのかなと思いました。みなさんは、どうでしょうか。こんな感覚はなかったな、これは何だろうと感じるようなことがあったら意識を向けてみるといいでしょうね。


何もしないことは、2020年は停止ではなく、後退を意味するような気もします。停止しているためには、少し進むくらいでないと維持できないかもしれません。なんだかよくわからないけど、とりあえず何か初めてみる、動いてみる、そんなスタンスが必要なのかもしれません。
















睡蓮と意識

一悟術リーダー ヒーラー 由利真理恵